Archive for the ‘カンボジア国土’ Category

Posted by lizcarter12 at 2015-02-15

Category: カンボジア国土

カンボジアで転職したい人たちに対してカンボジア王国についての知識をもう少し蓄えていただきたいと思います。カンボジアの人種は クメール人が90%、残りはベトナム人が5%、華人が1%と言うことになります。カンボジアの人口は2013年度の統計によれば15,135,000人です。
そして、転職する人たちもカンボジアで決して忘れていけないことと言えば、内戦の歴史です。
カンボジアでは長く、20年に及ぶ間内戦が行われ続けたのです。未だその傷跡が消えた訳ではありません。1970年にロン・ノルがシハヌークが外遊中にクーデターを決行しました。
シハヌーク一派は一度追求された訳ですが、
1971年には、ポル・ポトはシハヌークを擁立し、ロン・ノル政権との間で内戦を開始しました。アメリカは、ロン・ノル政権の支援をしました。ベトナムに派遣していた軍の一部をカンボジアへ侵攻させたのです。一時ロン・ノル政権が軍事独裁体制を宣言して、新憲法も公布して、勢いづくものの、アメリカが1973年3月29日、ベトナムから完全撤退する同時に、 ロン・ノル政権の後ろ盾を失ってしまう結果となったのです。
1975年4月、 今度はクメール・ルージュが首都プノンペンを攻略しました。クメール・ルージュは極度な原始共産制社会への回帰を実行しようとしました。旧政権関係者や都市の富裕層、知識層そのような人たちの中にいる親ベトナム派などを次々と虐殺して行ったのです。ベトナムに対して絶対な敵対心を持つクメール・ルージュに対して1978年12月ベトナム人民軍は亡命した元クメール・ルージュ将校ヘン・サムリンをたて、 カンボジアに侵攻します。
目指すは妥当ポルポトです。1979年1月に親ベトナムのカンプチア人民共和国が誕生しました。ベトナムの軍がプノンペンを攻略に成功しました。
1991年10月23日にはカンボジア和平パリ協定が開催されます。国際連合カンボジア暫定統治機構の19ヶ国の調印、そして、カンボジアの内戦は終了しました。

Posted by lizcarter12 at 2014-11-30

Category: カンボジア国土

カンボジアで就職をしたい。しかし、カンボジアという国はどのような国なのでしょうか。少しでもここでアドバイスが出来ればと思います。まず就職の為にカンボジアの気候などから知りましょう。
カンボジアで意識しなければならないものは雨季と乾季と言うことになります。6月から10月あたり雨季が来て、そして、11月頃より5月あたりまで乾期となります。気温で言えば、3月から4月にかけて、熱い気温が続き、40℃程度の気温に悩まされる日々が続きます。
日本人にとって大敵はこの気温なのかもしれないですよね。しかし、どんどん気温が上昇している日本の夏とそれ程大差がないという人たちもいます。カンボジア対策、特に女性なら日焼け止めと言うことにもなりそうです。脱水症にならないように水分補給もとても大事なことになります。カンボジアは熱帯モンスーンです。シェムリアップ、プノンペンも、転職する地域によってそれ程違いがある訳ではありません。気温は、寒くても20℃を下回ることはなく、寒さ対策として、 長袖のシャツでも一枚準備しておけば大丈夫です。雨季の頃には、午後にざっとスコールが降り、とてつもない量の雨が降り、降ったと思えばすぐにやんでしまうのです。これって何かに似てないでしょうか。日本です。日本もどんどんカンボジア化しているとも言えるかもしれません。日本にいればそれ程カンボジアの雨季に頭を悩ます不安もありません。そして、カンボジアでは最近、かつての日本のどんよりとした梅雨のような現象が起こっているという話しです。
転職をして、カンボジアという国で生活をするにあたり、 車も必需品かもしれません。カンボジアでも年々車が増え続けています。日本のメーカーもカンボジアに積極的に次々と店をオープンさせている状況です。カンボジアだって、日本の新車を購入することが可能です。勢いある国々は、交通量もやはり激しいのです。